ボクの息子はもう子鉄じゃないかもしれない。

子鉄ヤンヤン(小6)の父であり、実写版アラレちゃんの娘ミーミー(年長)の父が、鉄道や子育てを楽しみながら、地方鉄道を救済していく物語です。子供の「だいすき!」「やってみたい!」を大切に子育てをしています♪(旧ブログ名:適応障害でも鉄道に乗りたい!!)

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東武特急350系の引退劇!超古参車両の一生を振り返る。

エモ鉄ヤーコンです。こんにちは😃

エモ鉄とは、電車に乗ってエモい体験をするマニアのことです。

2022年3月6日(日)、東武鉄道特急車両350系が引退しました。

東武鉄道の特急といえば、スペーシア100系やリバティ500系などが有名ですが、四角い顔をした350系はどんな車両だったのか、振り返ってみましょう。

東武線沿線で育った僕にとっても思い出深い車両です。

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東武の看板特急スペーシア100系

<目次>

1.もともとは、急行りょうもう号だった。

350系は日光や鬼怒川に向かう特急列車として走ってきましたが、もともとは群馬県の赤城や伊勢崎に向かう急行りょうもう用の車両1800系でした。

1800系自体のデビューは、なんと1969年です。

急行りょうもうは、現在は特急りょうもうに格上げされ、車両も200系や250系の特急りょうもうのほか、特急リバティりょうもう500系も走っています。

日光方面とは異なり、ビジネスマンの利用が多いのが特徴です。

 

2.日光線の急行用に改造される。

急行りょうもうに200系が投入されたことに伴い、1800系の一部が日光・鬼怒川方面の急行用に改造されることになりました。

1991年に改造されたのが現在の姿で、6両編成が300系、4両編成が350系と改番され、300系は先行して引退しています。

転属後は、急行きりふり(東武日光駅方面)、急行ゆのさと(鬼怒川温泉駅方面)、急行南会津野岩鉄道会津鉄道方面)、急行しもつけ(東武宇都宮駅方面)のほか、夜行列車の「尾瀬夜行」や「スノーパル2355」などにも使用されました。

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北千住駅に到着する350系

3.特急への格上げ

2006年にこれらの列車は、急行りょうもうも含めて特急に格上げされることになりました。

ただし、急行南会津は特急化されずに廃止となりました。

会津方面へは、鬼怒川温泉駅新藤原駅などから列車を乗り継ぐことになります。

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特急きりふりのヘッドマークが輝く350系

4.優秀な後輩にバトンをつなぐ。

2017年には、特急リバティ500系が登場。

特急リバティ500系は、伊勢崎線のリバティりょうもう日光線のリバティけごん、リバティきぬや通勤・通学用のスカイツリーライナーやアーバンパークライナーのほか、急行南会津の魂を引き継ぎリバティあいづなどあらゆる特急に対応する万能型に仕上がっています。

さらに、6両編成を3両編成2本に切り離すこともできるため、下今市駅東武日光方面のリバティけごんと、会津田島方面のリバティあいづに切り離すなどの柔軟な運用ができるようになりました。

そうなると、設備面でも劣る350系の出番はなくなり、このたび引退という運びになりました。

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マルチタスクをこなし、顔もイケメンのリバティ500系

5.満身創痍での引退

東武鉄道は、魔改造を重ねるなどして車両を徹底的に使い倒す文化がある印象です。

通勤型でも、1963年デビューの8000系は現在も走っていますし、地下鉄日比谷線直通用だった20000系もワンマン改造され、日光線鬼怒川線のローカルエリアなどで引き続き活躍することになっています。

350系も引退直前は満身創痍で、そろそろ引退させたあげたら・・・と思っていました。

まさに傷だらけの天使ともいえる写真をご覧いただき、皆さんと一緒に350系の功績を称えたいと思います。

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痛々しい350系の側面。

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剥がれた塗装は戦士の勲章。