ボクの息子はもう子鉄じゃないかもしれない。

子鉄ヤンヤン(小5)の父であり、実写版アラレちゃんの娘ミーミー(年長)の父が、鉄道や子育てを楽しみながら、地方鉄道を救済していく物語です。子供の「だいすき!」「やってみたい!」を大切に子育てをしています♪(旧ブログ名:適応障害でも鉄道に乗りたい!!)

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東京駅の設計者、辰野金吾さんのお墓参りに行ってきました。

みなさん、こんにちは。

おかげさまで僕はほぼ在宅勤務でやらせていただいていて、会社でもレアキャラという誉れ高き地位を確立しつつあります。

とはいえ、まったく出社がゼロというわけではなく、先日久しぶりに出社をしました。

僕の勤務地は渋谷なのですが、せっかく都心に出てきたので、新宿にあるという辰野金吾さんのお墓に行ってきました。
(しかもお昼休みの1時間で!!)

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何度訪れても心を打たれる東京駅は、辰野金吾さんの代表作。

ご存じの通り、辰野金吾さんは明治時代から大正時代を中心に活躍した建築家で、帝国大学工科大学学長や建築学会会長も務め、従三位勲三等を与えられています。

その設計の頑丈さから「辰野堅固」とも呼ばれ、代表作品は、日本銀行本店などの銀行の店舗、奈良ホテル、旧国技館など多岐にわたりますが、何と言っても東京駅丸の内駅舎(中央停車場)を忘れてはなりません。

鉄道関係ではそのほか、南海本線浜寺公園駅国鉄中央線万世橋駅があります。

浜寺公園駅は、南海本線の高架化で2016年にその役目を終えましたが、1998年に国の夕景登録文化財に指定されていたほか、当時私鉄最古の駅舎ということもあり、現在も建物は保存され、ギャラリーなどとして大切に使われています。

また、万世橋駅は東京駅と同様にレンガ造りの豪華絢爛なターミナル駅でしたが、関東大震災により焼失してしまいました。

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辰野金吾設計の旧浜寺公園駅舎。(画像出典:大阪観光局)

浜寺公園駅舎 | 観光スポット・体験 | OSAKA-INFO

では、新宿駅で降りて、辰野金吾さんの一族のお墓に行ってみましょう。

新宿駅は、西改札から出ると便利です。

西改札は、サイネージがプロジェクトマッピングで映し出されていて、近未来を感じることができます。

しかし、プロジェクションマッピング投影先に、換気口を設置してしまったため、なんだか台無しになってしまいました。

設計ミスかな?

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新宿駅に西改札。換気口が駅名の文字に被ってしまっている。

西改札を出て左に向かいますが、ここは地下1階で、迷路のようになっているので、
1番近くにある「出口1」からさっさと地上出てしまいましょう。

そうすると、小田急百貨店の目の前に出ます。

この小田急百貨店新宿店本館も、渋谷の東急東横店よろしく、再開発に伴い、2022年9月で営業終了となるそうです。

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小田急百貨店の目の前に出る「出口1」

地上に出たら、バスターミナルを左手に見ながらそのまままっすぐ進みます。

しばらくいくと右手に昭和レトロな飲み屋街「新宿西口思い出横丁」があり、その先に「新宿大ガード西」交差点があります。

青梅街道との交差点で、右手のガードをくぐると歌舞伎町方面になります。

ここでは、交差点を渡ってから左に向かいます。

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車も人も賑わいが絶えない新宿大ガード西交差点。

青梅街道沿いにしばらく行くと、その先に西新宿のオフィスビル群が見えてきます。

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高層ビルが立ち並ぶ西新宿のビル群。

宝塚大学の建物を左に抜けると、辰野金吾さんの菩提寺常圓寺が見えてきます。

ただし、右側に抜けると、常圓寺の境内を通らずに、辰野金吾さんのお墓へショートカットできます。

なお、宝塚大学は、兵庫県宝塚市に本部がある大学で、もともとは「宝塚造形大学」でした。

東京新宿キャンパスには、東京メディア芸術学部があり、アニメーション、マンガ、イラストレーション、ゲーム、メディアデザインなどの分野を現役のクリエイターから学ぶことができるそうです。

なお、宝塚歌劇団に入ることはできません。(こちらは宝塚音楽学校。)

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宝塚大学の建物。青梅街道は左側に伸びる。

常圓寺の山門。

ビル群の中に急に厳かな寺院が登場するのでビックリします。
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ちゃんと手を合わせていきます。

右側に抜けていくと、墓地に入っていきます。

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道路を渡ったところの墓地群の中に辰野一族のお墓があります。

人様のお墓なので写真は撮っていませんが、ここから入って左手の一角にあります。

息子さんの隆(ゆたか)さんなども同じ区画にお墓があり、区画が広いのですぐにわかると思います。

東京駅を作ってくれてありがとう」と手を合わせました。
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墓地からは、2023年開業予定で建設中の東急歌舞伎町タワーが見えます。

辰野金吾さんは、建築家の先輩として、どのような想いで歌舞伎町タワーを見ているのでしょうか?

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「好きを極める場」がコンセプトで、エンタメ施設やホテルなどが入る48階建ての東急歌舞伎町タワー。「鉄道好き」の期待にも応えてくれるのでしょうか?

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永劫の善苗を種えよ

常圓寺は、日蓮宗のお寺です。

僕のブログではたまに心に刺さったお寺の言葉を紹介していましたが、なぜか日蓮宗のお寺が多かった印象。

永劫の善苗を種えよ」とは、「子孫のために美田を買わず」という言葉があるように、子孫に財産を残すとかえって怠惰になってしまうので、残すべきは「親の教え」であるということだそうです。

「バビロン大富豪の教え」でも、富豪になるために必要なのは、資産ではなく、それを生むための知恵であるといっているように、子供たちには、たくさんの経験や、人とのふれあい、自分で稼ぐ力など、形のない財産を残してあげたいものです。

なお、ヤーコン家では「遺産はびた一文残さない」ということになっています(笑)

2022年は鉄道開業150周年です🎉

みなさん、あけましておめでとうございます⛩

今年もヤーコンとヤーコンのブログをよろしくお願いします!

みんなが楽しく電車に乗って、鉄道が元気になり、その結果SDGsが達成される世界を目指して行きます。

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年末は大寒波の中出雲大社に行ってきました。(年始は混むので行きません。)

 

あまり話題になっていませんが、本年2022年は日本の鉄道開業150周年という節目を迎えます。

150年前の1872年10月14日が、当時の新橋駅と横浜駅を結ぶ鉄道が開業した日になります。

ただし、実はその前の6月12日に品川駅~横浜駅間で仮開業しており、「初めて走った日」ではないとか。

そのこともあってか、品川駅の東海道線のホームの発車メロディは、「汽笛一声新橋を~」で始まる鉄道唱歌になっています。

また、10月14日は旧新橋駅で式典が開かれ、旧横浜駅まで明治天皇を乗せたお召列車が走った日で、実際に旅客列車が走ったのは翌日の10月15日だとか。

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150年で東海道線はここまで進化したE233系

今は捨ててしまったのですが、小学生のころ毎日のように読んでいた鉄道あれこれのマンガに当時の様子が書かれていました。
(自分でもよく覚えているなと思います。)

鉄道が大好きな小学生の男の子とロボ君という鉄道に詳しいロボットのお話です。

平均速度は時速33キロ。それでも当時の人には目が回るような速さでした。

お客さん「馬車なんかすぐに追い抜くぞ!」

この記述は印象的でした。

現在の東海道線普通列車だと、新橋駅~横浜駅の表定速度は65km/h以上ですから、150年の鉄道の進化が実感できますし、それでも、人にも馬にも頼らない鉄道の誕生がいかに社会にインパクトを与えたかが伝わってきます。

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現在の国内在来線の表定速度は、99km/hの北越急行ほくほく線

駅員「履物は脱がなくて良いのじゃぁ!」

当時の駅員は、元武士が多かった。だから、とても威張っていたそうです。

これは、初めて鉄道に乗った平民の人が列車に乗るときに草履を脱いで乗ろうとしたので、駅員が草履を投げつけるシーンです。

まだまだ明治時代で土足という様式が浸透していない時代でしたので、間違えてしまうお客さんも多かったでしょう。

さらに、西郷さんの西南戦争征韓論も根っこは士族(元武士)を失業から守ることでしたから、鉄道の開業がこういった士族に新しい職を与えるきっかけとなり、彼らが鉄道の礎を作ったことは、とても誇らしいように思います。

ただ、国鉄末期には、その人件費が足かせになってしまったわけですが・・・・。

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現在は人と機械が力を合わせて安全を守る時代になった。

いずれにしても、ここから150年の間数えきれないほどの鉄道マンが24時間265日安全を守ってきたことには、本当に脱帽ですし、感謝に絶えません。

今年は、鉄道の歴史に思いを馳せつつ、鉄道マニアとしてしっかりと次世代につなげていきたいと思います。