みなさん、こんにちは!
新しい生活様式の普及で激震する鉄道業界。
生き残りをかけた企業戦略の中で、運賃政策が注目されています。
JR東日本などは、ラッシュ時とそれ以外で運賃に差をつけるダイナミック運賃の検討を始めています。
そんな中、正反対とも言える運賃政策が2社から打ち出されました。
東急電鉄は、2023年春より、運賃の値上げを行うと発表しました。
また、小田急電鉄は、2022年春より、小児運賃を全区間一律50円とする、実質的な値下げを発表しました。
東急がかつて東京都以南の多くの私鉄を買収し、大東急と呼ばれた時代は、小田急も大東急の一部でしたし、西武グループと箱根輸送の覇権を争った、いわゆる箱根山戦争では、両者は手を組んでいます。
一方、両社の田園都市線と小田原線は、渋谷・新宿から南西部の住宅街に伸びる競合路線となっています。
過去から関係の深い両社の正反対となる運賃政策を見ていきましょう。
<目次>
1.東急電鉄の戦略
(1)どれくらい値上げするの?
東急電鉄の親会社である東急株式会社の2021年第2四半期決算説明資料によると、
改定率は10数%とし、実質的な増収率は10%未満を想定。
初乗り運賃は10円程度(きっぷの運賃:130円⇒140円)
鉄道の運賃は、過去の実績をベースに将来の収支を予測し、収入ー支出=適正利潤となるように上限運賃の認可を受けます。(総括原価方式)
足元の状況で収支を予測すると、適正利潤が不足あるいはマイナスになるため、それを補えるように収入総額は10数%(改定率)増えるように、切符の値段を上げさせてくださいということになります。
「改定率」と「実質的な増収率」の差が具体的には何を示しているのかは不明ですが、おそらく、「総括原価方式による収支予測では10数%値上げになるが、一部は企業努力で吸収しますよ」ということではないかと予想できます。
(2)乗客はもとには戻らない
東急の考え方の前提に、新しい生活様式の定着で、乗客の動向はコロナ前には戻らないという考え方があります。
決算説明資料でも、
テレワークの定着で定期券利用者が大きく減少、今後もコロナ前の水準への需要回復は見込めない
と語っています。
実際、東急は観光地に向かう有料特急も走っておらず、住宅街から都心へ向かう通勤通学客がメインターゲットです。
観光地があれば、リベンジ消費などで復活もあり得ますが、中華街などを除いてそこに期待ができません。
実際、東急の定期券減収率(対2019年度)は、関東大手民鉄の中では最大でした。
(3)鉄道のクオリティは維持
東急はこれまで、多額の設備投資を行い、鉄道ネットワーク改良や安全対策を行ってきました。
混雑緩和や利便性向上のために、目蒲線改良・東横線複々線化事業、横浜駅地下化・みなとみらい線相直、大井町線改良・田園都市線複々線化事業、渋谷駅地下化・副都心線相直事業など鉄道ネットワークの改良に熱心です。
さらに、ホームドア・センサー付ホーム柵の全駅設置(世田谷線、こどもの国線を除く)、東急所属全車両への防犯カメラの設置、全踏切への障害物検知装置の設置など、設備面の安全対策も行ってきました。
これらの高水準の設備の維持のためにも、値上げが必要とのメッセージを、東急は発しています。
(4)いまやっちまえ?
とはいえ、今後コロナの収束に伴い、定期券利用客も戻ってくるかもしれません。
また、東急には今後相鉄線との直通運転を控えており、運賃改定のタイミングは、相直開始の時期と重なります。
と、いうかおそらく同時に実施するでしょう。
コロナが完全に落ち着ききっておらず、先が見通せないこのタイミングで収支予測と国交省への申請を行い、その後の相鉄との直通による利用客増を新運賃で取りに行くという、したたかな戦略があるかもしれませんね。
2.小田急電鉄の戦略
(1)子供運賃、どれくらいオトク?
一方、小田急は、「こどもの笑顔をつくる子育てパートナー」であることを宣言し、その施策の一環として、ICカード利用の小児運賃を1乗車一律50円にします。
ICカード利用時のみで、切符で乗車の場合は、適用されません。
これまで他社では、長野電鉄の「こども無料乗車デー」や、バス事業者が夏休みやGWで小児運賃を50円にするキャンペーンなどがありましたが、このように恒久的に小児運賃を安くするのは、全国の鉄道初となります。
小田急の小田原線を端から端まで乗ると、新宿駅~小田原駅まで切符の利用で大人900円、小児450円ですので、これまでと比べて400円オトクということになります。
往復で利用すれば800円です。
なお、特急ロマンスカーは小田原駅から先、箱根湯本駅まで乗り入れますが、小田原駅から先は箱根登山鉄道の線路なので、この部分は50円対象外となります。
小田原駅~箱根湯本駅間は大人320円、小児160円ですので、今後新宿駅~箱根湯本間は小児運賃210円ということになります。
(2)箱根で儲ける
企業戦略としては、運賃収入が減った分、どこかで取り戻す必要があります。
その重要な役割を担うのが、箱根です。
箱根への観光客は今後リベンジ消費も相まって期待ができますし、小児運賃の値下げインパクトで箱根へ出かける動機付けにもなります。
その分箱根でお金を落としてくれれば小田急グループ全体としては御の字でしょう。
実際、小田急はこれまで箱根に多額の投資を行ってきており、箱根エリアの魅力はどんどん高まっています。
ロマンスカーでは新型車両のGSE70000形が2018年に、箱根登山電車も3000形アレグラ号が2014年に、箱根登山ケーブルカーも2020年に新型車両がデビューしました。
また、ケーブルカーとロープウェイの乗換駅の早雲山駅は、箱根の山々を眺めながら足湯を楽しめる展望テラスや、ロープウェイビューのレストランや、ショップを備えたリニューアルが行われました。
さらに、芦ノ湖では海賊船もリニューアルし、2019年に「クイーン芦ノ湖」がデビューしていますし、温泉宿の「ホテルはつはな」も2022年秋に生まれ変わることになっています。
これまで仕込んできた箱根エリアに、家族で訪れてもらうことで、箱根への投資と運賃値下げの資金回収を一気に図れるかもしれません。
(3)商業施設で儲ける
日常生活という側面では、小児運賃の値下げで、「ちょっと電車でお買い物」という動機が生まれるかもしれません。
小田急は、町田や本厚木などに小田急百貨店がありますが、今ホットなのは、下北沢でしょう。
下北沢は、「シモキタ」として演劇、音楽、古着など古くから若者カルチャーをリードしてきました。
小田急の下北沢駅は、2013年に立体交差事業で地下駅となりました。
その後、隣の世田谷代田駅まで続く線路の跡地は、「BE YOU シモキタらしく ジブンらしく」を開発コンセプトに、「であう」「まじわる」「うまれる」を支援する多様性あふれる街に生まれ変わりました。
ここでは、商業施設やカフェのみならず、都市型ホテル、学生や社会人がひとつ屋根の下で暮らしながら学ぶ居住型教育施設、新たに飲食店や物販店にチャレンジする若者を応援する長屋商店街のほか、なんと、温泉旅館もあります。
こういったエネルギッシュな街に家族で訪れれば、元気ももらえること請け合いです。
なお、新宿にある小田急百貨店新宿店本館は2022年9月末で一時閉館し、今後オフィスと商業施設が入居する高層ビルに生まれ変わることになっています。
(4)いつでももとに戻せる
なお、小児運賃の50円化は、認可を受けた上限運賃の範囲内で行われる運賃設定ですので、国土交通省へは届出のみで実施できます。
逆に言えば、元に戻すことも簡単にできます。
社会の理解や期待もあるため、実際は簡単に元に戻すことは難しいと思いますが、物理的には可能という安心感もあって、会社として舵を切ることができたということも、ありうるのではないかと思います。
3.鉄道会社は稼がないといけない
銚子電鉄ではないですが、鉄道会社は稼がなくてはなりません。
もちろん企業なのでそうなのですが、それ以上に、鉄道という存在は街を発展させ、経済を支えるインフラとしての機能を支えるためにも必要なことです。
これは、駅を持っている鉄道ならではの強みであり、バスやその他のモビリティにはできないことです。
また、これからの持続可能な社会を未来に残すためにも、輸送効率の良い鉄道はますます必要とされてくると思います。
東急や小田急のように、運賃という聖域に踏み入れて生き残りにチャレンジしていますから、僕たちも楽しく出かけて、彼らの努力を応援していきたいですね。
4.このお話には続きがあります。
smallanthussonchifolius.hatenablog.com
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