ボクの息子はもう子鉄じゃないかもしれない。

子鉄ヤンヤン(小6)の父であり、実写版アラレちゃんの娘ミーミー(年長)の父が、鉄道や子育てを楽しみながら、地方鉄道を救済していく物語です。子供の「だいすき!」「やってみたい!」を大切に子育てをしています♪(旧ブログ名:適応障害でも鉄道に乗りたい!!)

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絶対に行くな!旧屋島ケーブルの恐怖体験!!

学校で習う源平合戦で、壇ノ浦の戦い一ノ谷の戦いと並んで有名なのが、屋島の戦いです。

屋島は、現在の香川県高松市にあります。

屋島はかつては溶岩で形成された様でしたが、現在は四国と一体化していて、瀬戸内海や讃岐平野を一望できることから、屋島城が作られ、戦略上の要衝とされていました。

山上には四国八十四番札所屋島寺があり、お遍路さんも多く訪れるほか、その景観と新屋島水族館もあり、現在は観光地となっています。

屋島は南嶺の標高が292mあり、そのアクセス改善のために建設されたのが屋島ケーブルです。

屋島ケーブルはいまは廃止となり、その遺構が残っています。

しかし、興味本位で訪問してはなりません。

今回はヤーコン自身の恐怖体験を記事化することで、訪問を慎重にご検討いただくのが目的です。

 

<目次>

森の深淵より何かを語りかけてくる屋島ケーブル

 

1.旧屋島ケーブルとは

屋島ケーブルは、屋島山口駅屋島山上駅までを結んでいたケーブルカーでした。

全長は約800mで高低差は265m。

途中の駅は無く、5分ほどで2駅間を結んでいたそうで、開業当時は山頂への唯一の公共交通機関でした。

1929年に開業しましたが、2005年に廃止となりました。

屋島山口駅に残る朽ち果てた看板

 

2.旧屋島ケーブル廃止の理由

公共交通の廃止の理由は、政策上の理由でない限り、利用客の減少と言って良いでしょう。

屋島ケーブルの場合も他聞に漏れず、2004年10月9日の四国新聞によれば、

屋島観光の衰退に伴う利用客の減少により収支が悪化、資金繰りも困難となり継続を断念した。

と、書かれています。観光の衰退の理由として、同新聞では、

屋島をめぐっては、山上に残る廃屋が問題化する中、県や高松市などが老舗観光地の活性化策を検討中で(以下略)

という景観衰退をひとつの理由として指摘しています。

廃止の17年後ではあるものの、山頂付近は廃屋が目立ち、ガラスは割られ、残置物が散乱し、戦争でも起こったのではないかと勘違いしてしまう有様で、恐怖すら感じます。

高松市の資料によれば、屋島の観光客は山陽新幹線新大阪駅岡山駅が開業した昭和47年(1972年)の246万人をピークに減少し、旧屋島ケーブルが廃止された平成17年(2005年)には57万人にまで落ち込んでいました。

結果論ではありますが、エリアマネジメントができてきなかったと言わざるを得ません。

かつてホテルだったであろう廃墟が荒廃したまま放置されている。
こんなところ誰も行きたくない。

廃止の理由のもうひとつは、1961年有料道路屋島ドライブウェイの開通です。

これまでは、旧屋島ケーブルのみが山頂への唯一公共交通機関でしたが、ドライブウェイの開業でマイカーやバスで行けるようになりました。

ドライブウェイは、屋島寺屋島水族館などがある山頂エリアにダイレクトで向かえるため、屋島山上駅からの徒歩を伴うケーブルカーにとっては強敵となりました。

屋島ドライブウェイを開通させた実業家真鍋康男。山頂で栄光を称えられているが、
裏を返せばに言えば旧屋島ケーブル潰しの張本人でもある。

全体としての観光客減少もあり、屋島ドライブウェイは、2018年に屋島スカイウェイに名前を変え、料金も無料になりました。

さらなる活性化に向けて、高松市屋島活性化に基本構想をまとめ、ビジターセンターの建設などの屋島山上交流拠点施設整備事業などに取り組んでいます。

過去の反省をもとに、公共交通機関のアクセス向上を含めたエリアマネジメントにしっかりと取り組むことが期待されます。

 

3.旧車両の怨みを買う

そんな旧屋島ケーブルの遺構ですが、まずは比較的訪問しやすい屋島山口駅に行ってみましょう。

屋島山口駅の跡地は、高松琴平電鉄志度線琴電屋島駅から歩いて5分ほどで、道も一本道なのですぐに辿り着きます。

現地に行くとビックリ!

当時のホーム、車両、変電所などが当時のまま残っています。

「当時のまま」というと聞こえが良いのですが、万物は時を経るごとに朽ちていきますので、結果的に変わり果てた姿に出会うことになります。

屋島山口駅のホームに放置された旧車両

駅舎はすでに無くなっていますが、乗車用ホーム、降車用ホームと屋根が残されています。

さらに、車両も置き去りで、中に入ることもできます。

屋島ケーブルは、屋島の戦いにちなんで、義経号と弁慶号の2両がそれぞれ走っていました。

放置されている車両は、2両編成のように見えますが、義経号と弁慶号が団子になって置かれているだけです。

山側が弁慶号で、かつては屋島山上駅に置かれていましたが、転落防止のため、こちらに降ろされたようです。

車両は朽ち果て、ガラスも割られています。

怨恨の表情で山上を見つめる弁慶号からは、人間に対する呪怨のようなものを感じます。

「ヤーコン、イキテ ヤシマ ニ ノボレルト オモウナヨ」

もし夕闇以降に訪問していたら、尻尾を巻いて逃げ出していたのではないかと思います。

旧車両の表情がもはやホラー。

しかし、屋島観光衰退の一因が景観衰退だとすると、この屋島山口駅屋島活性化を目指すうえでは見て見ぬふりはできないでしょう。

それか、この廃駅廃車両を活用して、お化け屋敷とかをやったらそれなりに盛り上がるかもしれません。

 

4.キイロスズメバチに襲われる

屋島山口駅に続いて、屋島山上駅も見てみましょう。

登山道を登っていくのは大変なので、まずは、琴電屋島駅からバスに乗って、山頂に向かいましょう。

もちろん、このバスは旧屋島ケーブル廃線に追い込んだ屋島スカイウェイを通ります。

すごーく景色が良いです。

バスは、屋島の東側を回り込んで山頂近くの駐車場に到着し、ここからは、屋島寺や新屋島水族館にも徒歩で行くことができます。

屋島山頂駅にもここから下って行くほうが楽です。

屋島山頂付近から瀬戸内海を望む。

いくつかルートはありますが、駐車場や屋島寺を起点に南に向かいます。

その途中、屋島城跡があります。

屋島城跡からは、讃岐平野を一望でき、いかにこの城が要衝であったかがわかります。

屋島城の石垣に沿って階段を下りていくと、細い道に出ます。

屋島城跡から讃岐平野を望む。画面中央に通路があるが、そちらに進むとキイロスズメバチとエンカウントし、戦闘になる。(負けイベント)

その時に現れたのは、なんと!キイロスズメバチでした!(しかもツガイ)

人生で初めて敵に背を向けて逃げたかもしれません。

しかし、旧屋島山上駅に行くには覚悟を決めるしかないと、しばらくしてから山道を下って行きました。

周囲はすっかり手つかずの森の様相で、ブブブブとどこかから常に羽音が聞こえて、スズメバチに追われている気分でした。

生きた心地がせずに山道を下って行きましたが、なんと!この道は間違っていたのです!

正しくは、屋島城の石垣を下らずに、石垣の上の道をまっすぐ行かなくてはなりません。

キイロスズメバチに襲われた時の、ヤーコンの走馬灯。

間違った謎の山道を下ってしまったヤーコンは、無事お遍路道のだいぶ下のほうに合流し、(帰りの列車の)時間切れになってしまったのでした。

正しい道はもともと遊歩道ですので、そちらに行けば、写真のようなエモい駅舎にたどり着けるはずです。

コンクリート造りでかつての栄光を彷彿させる佇まい。

屋島山口駅と比べるときれいに残っており、2009年には近代化産業遺産に認定されています。

屋島山上駅。何事も先達はあらまほしきものなり。
画像出典:屋島ナビ

旧屋島ケーブル山上駅 | 屋島観光 | 香川県高松市「屋島」の公式観光情報サイト - all YASHIMA<オール屋島>

しかし、屋島全体が緑豊かな森に囲まれたエリア。

キイロスズメバチでなくても、いろいろな虫に出会うと想定されますので、夏であっても長袖長ズボン、黒い色は避けて、虫よけスプレーを持っていくことをおススメします。

本文では触れていないが、旧屋島山口駅は変電所跡もあり、中に入れる。まるで映画やSFのよう。